第6回 ミクスト・モードSパラメータの実践

前回(第5回)は、Gbpsを超える高速シリアル・インターフェースの定番「差動インターフェース」の伝送特性を解析する手法として、ミクスト・モードSパラメータを紹介しました。
今回は、1組の差動配線をもち、裏面のグラウンド・プレーンがベタ状の基板(図1)とメッシュ状の基板(図2)のミクスト・モードSパラメータを測り、その結果の考察の方法を説明します。また、ノイズ対策部品の定番「コモン・モード・チョーク」のミクスト・モードSパラメータも測ってみます。この実験基板は、P板.comで製造することができます。
実践1:裏面GNDの構造が違う2種類の基板
裏面GNDがベタとメッシュの差動線路基板
ミクスト・モードSパラメータの実践例として、裏面にメッシュ状のグラウンドをもつ差動線路とベタのグラウンドをもつ差動線路の伝送特性を評価します。
差動線路をもつ2枚の実験基板
1枚目:裏面にベタ状のグラウンド
図1 に示すのは、1枚目の実験基板です。基板裏面がベタ・グラウンド(ソリッド・グラウンド)のよくある基板です。

図1 ソリッド・グラウンドをもつ差動配線
2枚目:裏面にメッシュ状のグラウンド
図2 に示すのは、2枚目の実験基板です。配線直下(基板裏面)のグラウンドがメッシュ状になっています。正極配線と負極配線から見たグラウンドの開口部が異なり、配線は、グラウンドに対して構造的に非対称です。
メッシュ・グラウンドの形状は、平行四辺形です。配線から見たグラウンドのメッシュ形状が正極配線と負極配線で異なるため、非対称性が生じます。配線ピッチとメッシュ形状の寸法をうまく調整すれば、対称な構造も可能ですが、差動配線が複数ある場合は、非常に難しいです。
すべての配線が直線なら対称にすることが可能なのですが、通常は曲がり部があるため、メッシュ・グラウンドを配線に対して完全に対称にすることは困難です。対称になるメッシュ構造も提唱されてはいますが、筆者自身は未検証です。
構造が非対称性なメッシュ・グラウンドは、対称なソリッド・グラウンドよりモード変換量が大きくなります。今回実験用に準備した非対称なメッシュ・グラウンドをもつ基板のモード変換量は問題になりませんが、強電界下では問題になる可能性があります。普通のプリント基板では、メッシュ・グラウンドを選択することはあまりありません。

図2 メッシュ・グラウンドをもつ差動配線
メッシュ・グラウンドはフレキシブル基板を想定
図2 は、FPC(Flexible Printed Circuits)を想定した基板です。
FPCは、絶縁材が極めて薄いため、差動の特性インピーダンスを100$\Omega$にするには、配線幅が極端に細くなります。配線幅が細いと、挿入損失は大きくなり、インピーダンスもずれやすくなります。さらに断線しやすいというデメリットもあります。
そこでFPCでは、グラウンド面をメッシュ状にしてこの問題を解決してます。FPCの柔軟性が増すというメリットもあります。
伝送特性を評価する
反射損失 $S_{dd11}$
図3 に示すのは、逆相交流電圧(差動信号)を入力したときの逆相の反射電圧比(反射損失)です。横軸は周波数、縦軸は反射損失です。

図3 ソリッド・グラウンドとメッシュ・グラウンドの$S_{dd11}$(反射損失)。ソリッド・グラウンド基板とメッシュ・グラウンド基板では、差動信号に対する差動の反射損失は大きな差がない。差動信号に対する反射特性は、ソリッド・グラウンドとメッシュ・グラウンドで同じ
反射損失が0dBということは、入力電圧がすべて反射することを意味します。
-20dBは電圧では10%の反射、電力では1%の反射を示します。-40dBは電圧で1%、電力で0.01%の反射です。0dBから遠いほど、反射の少ない伝送性能のよい配線やケーブルということができます。
ソリッド・グラウンドとメッシュ・グラウンドの差動信号に対する反射特性は、周波数によりわずかな違いはありますが、大差はありません。つまり、差動信号に対する反射特性は、ソリッド・グラウンドとメッシュ・グラウンドは同等です。
挿入損失 $S_{dd21}$
図4 に示すのは、ソリッド・グラウンド基板とメッシュ・グラウンド基板に差動信号を入力した時の通過電圧比(挿入損失)です。

図4 ソリッド・グラウンドとメッシュ・グラウンドの$S_{dd21}$(挿入損失)。ソリッド・グラウンド基板とメッシュ・グラウンド基板では、差動信号に対する差動の反射損失は大きな差がない。差動信号に対する反射特性は、ソリッド・グラウンドとメッシュ・グラウンドで同じ
挿入損失が0dBということは、入力信号がすべて反対側のポートに透過することを意味します。-20dBは10%の電圧が透過、-40dBでは1%の電圧が透過することを意味するので、挿入損失は0dBに近いほうが伝送性能が高いと判断できます。
反射損失の場合と同様にソリッド・グラウンドとメッシュ・グラウンドの差はありません。
同相から差動への変換ゲイン $S_{dc21}$
図5 に示すのは、各基板に同相信号入力時の差動信号の透過特性です。

図5 ソリッド・グラウンドとメッシュ・グラウンドの$S_{dc21}$(同相から差動への変換)。構造的非対称性により、同相信号が差動信号に変換され割合を示す。同相電圧を入力時の差動の挿入損失は、メッシュ・グラウンド基板の方が10倍大きい。つまり、メッシュ・グラウンドのほうが外来ノイズに対して弱い可能性がある
プリント基板の正極配線と負極配線が完全に対称であれば、同相信号を入力した場合、差動信号は発生しません。ところが、ほんのわずかでも構造的な非対称性が存在すると、同相信号が差動信号に変換されます。
図5 のソリッド・グラウンド基板に対してメッシュ・グラウンド基板の$S_{dc21}$は10~20dB程度大きいです。図2 に示すように、構造的な非対称性が原因です。
$S_{dc21}$は、同相信号が差動信号に変換される比率を示します。同相信号である外来ノイズが配線に混入すると差動信号に変化して、誤動作の原因になります。つまり$S_{dc21}$は、外来ノイズに対する耐性を表します。
メッシュ・グラウンド基板は、ソリッド・グラウンド基板より外来ノイズに弱いことがわかります。ただし、メッシュ・グラウンド基板の場合も-20dB程度確保されているため、差動信号に変換されるのは外来ノイズの1%と小さく、現実的には問題はないでしょう。
差動から同相への変換ゲイン $S_{cd21}$
図6 に示すのは、差動信号を入力したときの同相信号の透過特性です。

図6 ソリッド・グラウンドとメッシュ・グラウンドの$S_{cd21}$(差動から同相への変換)。構造的非対称性により、差動信号が同相信号に変換される割合を示す。同相電圧を入力時の差動の挿入損失は、メッシュ・グラウンド基板のほうが10倍大きい。つまり、構造的非対称性により、メッシュ・グラウンドのほうが放射ノイズが大きい可能性がある
$S_{cd21}$は、差動信号が同相信号に変換される比率を示します。同相信号は大きな放射ノイズを発生させますから、$S_{cd21}$が大きいと、放射ノイズが大きくなります。$S_{cd21}$の原因は、$S_{dc21}$と同様、配線の構造的な非対称性です。
メッシュ・グラウンド基板のほうが差動から同相への変換率が10dBから20dB程度大きいです。メッシュ・グラウンド基板の$S_{cd21}$は、最大でも-20dB程度と小さいため、放射ノイズはそれほど大きくないでしょう。ただし-5dBを超えると問題になってきます。
実践2:コモン・モード・チョーク
コモン・モード・チョークとは
もう1事例、ミクスト・モードSパラメータを使って、同相信号と差動信号に対する反射損失、挿入損失を評価してみましょう。事例は、同相成分の通過を遮断し、電磁放射を低減させるノイズ対策部品「コモン・モード・チョーク」です。差動配線上の同相信号成分を取り除き、放射ノイズを抑制する働きがあります。
実験に使うのは、600MbpsのLVDS(Low Voltage Differential Signaling)用で、帯域は1.5GHzです。基本波が300MHzなので第5高調波までを考えれば1.5GHzです。
実験結果
反射損失 $S_{dd11}$と$S_{cc11}$
図7 に示すのは、コモン・モード・チョークを実装した基板です。

図7 治具基板を製作してコモン・モード・チョークのミクスド・モードSパラメータを測定
図8 に示すのは、コモン・モード・チョークの反射特性です。差動信号に対する差動の反射特性 $S_{dd11}$と同相信号に対する同相の反射特性$S_{cc11}$です。

コモン・モード・チョークの反射損失($S_{dd11}$、$S_{cc11}$)。差動信号に対しては、反射が小さく、同相信号に対しては、反射が大きい。つまり、同相信号の大半は反射され、差動信号は反射しない。
1.5GHzにおける$S_{cc11}$は-1.8dBです。これは、81%の信号が反射することを意味しています。一方$S_{dd11}$は、同じ周波数で-15dBなので、18%しか反射しません。このことから、コモン・モード・チョークは、同相信号は反射させ、差動信号は反射させない性質をもつことがわかります。
$S_{dd11}$は周波数が高くなると、反射が大きくなる帯域も存在します。わずかな不連続部分が影響しており、一般的な電子部品や配線でも周波数が高くなるほど反射は増します。利用できるのは、反射の低い帯域だけです。
挿入損失 $S_{dd21}$と$S_{cc21}$
図9 に示すのは、差動信号に対する差動の挿入損失$S_{dd21}$と同相信号に対する同相の挿入損失$S_{cc21}$です。$S_{cc21}$は1.5GHzで-20dBです。これは同相信号が10%しか透過しないことを意味します。

コモン・モード・チョークの挿入損失($S_{dd21}$、$S_{cc21}$)。差動信号に対しては、挿入損失が小さく、同相信号に対しては大きい。つまり、同相信号の大半は通過できず、差動信号は通過する。
$S_{dd21}$は同じ周波数で-1.4dBです。これは差動信号の85%が透過することを意味します。
この結果から、コモン・モード・チョークは、同相信号成分を阻止して、差動信号成分を透過させる性質をもつことがわかります。$S_{dd21}$は、周波数とともに減少します。これは、多くの電子部品や配線と共通の性質です。
利用できるのは、挿入損失が十分に低い帯域です。
モード変換 $S_{dc21}$と$S_{cd21}$
図10 に示すのは、同相信号から差動信号、差動信号から同相信号への変換率です。

コモン・モード・チョークのモード変換($S_{dc21}$、$S_{cd21}$)。差動(同相)から同相(差動)への変換量は、10GHzまでは-30dB(3%)以下であり、実用上問題ないレベルである
$S_{dc21}$と$S_{cd21}$はともに-30dBです。これは入力信号の3%が同相信号から差動信号、または差動信号から同相信号に変換されることを意味しています。この程度の数値であれば、実用上まったく問題ありません。
参考文献
[1] T.Watanabe, H.Ikeda : JEITA EDA JEITA EDA --WG Activity and WG Activity and Study of Interconnect Model. IBIS SUMMIT in China, Oct 27, 2006。IBIS Open Forum
[2] H.Ikeda. "Study of Interconnect Model". IBIS Summit in Japan, Oct 31, 2006.IBIS Open Forum.IBIS Open Forum、ZEPエンジニアリング株式会社
[3] H.Ikeda. "Guidance of Passive EDA models". IBIS Summit in Japan, Sep.14,2007.IBIS Open Forum.IBIS Open Forum
[4] Todd Hubing著、桜井 秋久ほか訳 : デシベルから始めるプリント基板EMC 即答200、ZEPエンジニアリング株式会社
[5] [VOD] Gbps超 高速伝送基板の設計ノウハウ&評価技術、EPエンジニアリング株式会社
[6] [AI×電磁界シミュレータによる高速\&RF回路基板 スピード設計、ZEPエンジニアリング株式会社













