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第1回 スイッチング電源の回路設計
はじめに
+5V を出力するモバイル・バッテリを入力源として、実験用の +12V/400mA を出力する昇圧型 DC ‐ DC コンバータ基板を作ります。今回は、昇圧型スイッチング電源の基本動作を説明し、回路を設計します。
基礎知識
高効率な電力変換を実現する「スイッチング制御」
FPGA やマイコンなどのディジタル・デバイスや、OP アンプや A-D コンバータなどのアナログ・デバイス、Wi-Fi/Bluetooth などの RF 無線を搭載する最近の IoT/組み込み基板には、1.2V、1.8V、3.3V、5V など、多様な電圧を出力する電源モジュールが所狭しと実装されています(図 1)。
図1 ディジタル回路とアナログ回路が混載する最近の組み込み機器や IoT 機器には、さまざまな電圧を出力する電源モジュールが多数搭載されている
このように実装密度の高い基板には、大型の放熱器やトランスが必要な低効率なリニア電源は採用できません。図 2 に示すのは、AC100V から安定化された DC5V を出力する AC アダプタに組み込まれたリニア方式の電源回路です。リニア方式は低雑音ですが、損失が大きい(効率が悪い)ため、重厚長大になります。実際、昔の ACアダプタは大型で重量感がありました。
図2 リニア方式の電源回路の例(昔の AC アダプタ)
図 3 に示すのは、一般に普及している AC アダプタの電源回路です。電圧を変換する際に生じる損失(無駄なエネルギ)が小さいスイッチング方式を採用しています。トランスも放熱器も小型なので軽量でコンパクトです。
図3 スイッチング方式の電源回路の例(一般に普及している AC アダプタ)
損失のない効率 100 %の理想的な電源を作れたら、今回の仕様の場合、5V/1A(=5W)の入力に対して、12V/0.42A(=5W)を出力できます。現実的には効率100% の電源を作ることは不可能です。よほど上手く設計されたものでも、最大で95% ほどですから、取り出せるのはせいぜい 12V/0.4A でしょう。
“L”と“H”の 2 値でレベルを連続制御する“PWM”
PWM は、ON 時間と OFF 時間が制御された 2 値信号(ディジタル信号)を平滑してアナログ信号を得る技術です(図 4、図 5)。L レベルと H レベルの 2 値しか出力できないコンピュータでも、連続的(アナログ的)にレベルが変化する信号を生成できます。
図4 出力レベルが大きいときの PWM 信号(オン・デューティ大)
図5 出力レベルが小さいときの PWM 信号(オン・デューティ小)
電源制御 IC やマイコンのプログラミングで周期一定の信号を生成し、1 周期のうちの ON と OFF の比率を調整して、アナログ信号の電圧レベルを制御します。ONと OFF の時間比を「デューティ(duty)比」と呼びます。ON 時間に着目した時間比を「オン・デューティ(on-duty)」、OFF 時間に着目した時間比を「オフ・デューティ(off-duty)」と呼びます。
出力電圧を安定化する「負帰還」
電源回路は、負荷抵抗が小さくなって出力電流が増すと出力電圧が低下します。接続する負荷によって出力電圧が変動するのでは使いにくいため、通常は、出力電圧をモニタして、低下したら上げる、上がったら下げるという、フィードバック技術を実装して、その変動を抑えています。これを「安定化」と呼びます。
昇圧型 DC-DC コンバータのメカニズムと実験
降圧/昇圧/極性反転の 3 タイプある
スイッチング制御は、AC-DC 変換以外にも利用されており、様々な回路方式(トポロジ)があります。代表的な回路方式には次の 3 種類があります。今回作るのは、昇圧型スイッチング電源です。
▶(1)降圧型スイッチング電源
入力より低い電圧を出力します。ステップダウン・コンバータとも呼びます。
▶(2)昇圧型スイッチング電源
入力より高い電圧を出力します。ステップアップ・コンバータとも呼びます。
▶(3)極性反転型スイッチング電源
入力電圧の極性を反転して出力します。例えば +5V 入力、-5V 出力というぐあいです。
入力電圧より高い電圧を出力できる理由
図 6 に示すのは、昇圧型 DC-DC コンバータの動作を説明する原理回路です。
図6 昇圧型 DC-DC コンバータのふるまい。入力から電流を取り出して、いったんインダクタにエネルギを貯め、整流ダイオードを通じてキャパシタに吐き出す。出力には入力電圧に誘導電圧を積み上げた電圧が現れる
スイッチング素子(SW)を ON/OFF すると、入力電圧より高い電圧が出力されます。スイッチング素子には、電磁リレーや人力トグル・スイッチなどの受動部品ではなく、数十 kHz で高速で ON/OFF 駆動できる、MOSFET やバイポーラ・トランジスタなどのパワー半導体が利用されます。
昇圧型 DC-DC コンバータの動作は、SW ON(図 7)と SW OFF(図 8)の 2 つの期間に分けて考えます。
図7 昇圧型 DC-DC コンバータの SW ON 期間の動作
図8 昇圧型 DC-DC コンバータの SW OFF 期間の動作
SW が ON している期間は、インダクタに流れる電流が徐々に増してエネルギが蓄えられます。SW OFF の期間は、インダクタに流れる電流が徐々に減っていき、ON期間に蓄えたエネルギが放出されます(図 9)。
図9 昇圧型 DC-DC コンバータのインダクタ電流の変化
基本回路の製作と実験
実験回路を用意する
図 10 に示すのは、昇圧型 DC-DC コンバータのふるまいを理解するための回路です。シンプルなので、部品定数やスイッチング周波数、デューティ比を気軽に変更しながら、動作をじっくり学習できます。
図10 昇圧型 DC-DC コンバータの原理回路を製作して動かしてみる
なお、負帰還は掛けていないため、負荷が重くなるほど出力電圧が低下してしまいます。実験には、可変電源、発振器、オシロスコープ、そして電流プローブを使いました。
図 11 に示すのは、図 10 を電子回路シミュレータ LTspice で作成した回路データです。わざわざ実験回路を組まなくても、誰でもパソコンで動かしてみることができます。LTspice は、電卓のように使える無料のシミュレーション・ツールです。プロも愛用する優れたソフトウェアです。
図11 昇圧型 DC-DC コンバータの原理回路のシミュレーション回路
LTspice シミュレータは、アナログ・デバイセズのウェブサイトからダウンロードできます。
実験の考察
図 12 に示すのは、電源投入直後の出力電圧の変化です。ON/OFF スイッチングのたびに出力電圧が少しずつ上昇するようすがわかります。最終的に、5V の入力電圧を 80V に昇圧して出力します。
図12 昇圧開始時の出力電圧
図 13 に示すのは、発振器の出力信号、インダクタ電流、出力電圧の波形です。発振器の出力が H レベルの期間は、MOSFET の Tr2(2SK1622)のゲートが L レベルになり OFF します。このとき、インダクタ(L1)に貯まっているエネルギがダイオード(D1)からキャパシタ(C1)に移動します。発振器の出力が L レベルの期間は、MOSFET の Tr2(2SK1622)のゲートが H レベルになり ON します。このとき、実験用電源からインダクタ(L1)に電流が流れて、L1 にエネルギが貯まります。
図13 負荷を接続したときのインダクタ電流
著者:善養寺薫/Kaoru Zenyouji(株式会社ディスクリテック)
企画編集:ZEP エンジニアリング株式会社
主催:株式会社ピーバンドットコム
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